4月13日は「喫茶店の日」、日本独自の喫茶店文化とは

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本日、4月13日は「喫茶店の日」。
1888年(明治21年)のこの日、東京・上野に日本初の喫茶店「可否茶館(かひいさかん)」が開業したことに由来するのだとか。
今回はそんな「喫茶店の日」にちなんで、日本の喫茶店文化についてご紹介いたします。

日本初の喫茶店「可否茶館」

明治時代に花開く日本のコーヒー文化

日本でコーヒーを飲む文化が広まっていったのは、明治時代のこと。
1883年(明治16年)には文明開化の象徴ともいうべき鹿鳴館が建設され、極端な欧化主義がもてはやされていた時代です。東京の街では西洋料理店が次々と開業され、こうした店で次第にコーヒーがメニューに加えられていきました。

明治時代の流行歌として教科書でも有名な『オッペケペー節』の一節に、

むやみに西洋鼻にかけ 日本酒なんぞは飲まれない
ビールにブランデーベルモット
腹にも慣れない洋食を やたらに食うのも負け惜しみ
内緒でそーッと反吐ついて 真面目な顔してコーヒ飲む
おかしいねえ エラペケペッポ ペッポッポー

などと唄われていることから、当時の一般庶民にとってコーヒーを飲むことは非日常。欧米人気取りの上流階級者が飲むものだと思われていたことが判ります。そんな時代のなか、鹿鳴館建設から5年後の1888年4月13日に東京の下谷区上野西黒門町で開業したのが「可否茶館」です。

鄭永慶の波乱の人生と「可否茶館」

日本初の喫茶店「可否茶館」を開いたのは、鄭永慶(ていえいけい)という人物です。
永慶は代々長崎奉行の唐通事(中国語の通訳)をしていた家系に生まれた日本人で、14歳にして英語・フランス語・中国語の3ヶ国語を習得し、16歳でニューヨークの大学に留学というエリート人生を歩んでいました。ところが、病気で大学を中退し帰国。治癒後に教員、そして大蔵省へと入りますが、この頃、妻を病気で亡してしまいます。さらに大学を中退し学位がないため出世の望みがなく、大蔵省を辞職。そしてさらに悲運なことに家が火事に遭い、妻も職も家もすべてを失ってしまうのです……。
そんな失意の中、永慶はなんとか再出発を目指すため、友人から借金をして父の土地に新しく西洋館を建てる決心をします。この西洋館が「可否茶館」です。

永慶はこの西洋館を、学校にするか喫茶店にするか最後の最後まで悩んだ末に、アメリカ留学で本場の西洋文化に触れた経験から「鹿鳴館のような限られた上流階級者のみに占有された、うわべだけの欧化主義で馬鹿騒ぎをしている社交場などではなく、大衆庶民や学生や青年たちのための社交サロンを開いて、良質な知識を共有する場を作りたい」との思いを抱き、若い世代の者たちのために一旗あげてみようと喫茶店「可否茶館」を開業したのでした。

早過ぎた理想……

そのため「可否茶館」は二階建ての西洋館の中に、ビリヤード、トランプ、クリケット、碁、将棋などの娯楽設備のほかに、更衣室、化粧室、シャワー室を完備。さらに硯と筆、便箋、封筒も常備してあり、国内外の新聞や雑誌を置き、あらゆる書籍や書画を図書館のように自由に閲覧できるようにしてありました。

コーヒーの値段は1銭5厘。ミルク入りで2銭。
当時の物価としては、もり蕎麦が8厘から1銭くらいで食べられたので、比較してみるとけっして安いとは言えず、思ったような収益を上げることができませんでした。コーヒーは飲まずにビリヤードだけして帰るといった若者も多かったようで、永慶の理想は当時の日本人の生活や意識からすると時期尚早だったのかもしれません。
赤字続きの末、相場に手を出してしまった永慶は次第に借金で首が回らなくなり「可否茶館」は開業からわずか5年足らずで閉館。永慶はその後アメリカに密航し、37歳という若さで亡くなってしまいます。

こうして日本最初の本格喫茶店「可否茶館」は幕を閉じますが、わずかな年月とはいえ、欧化主義の鹿鳴館時代に一般庶民が利用できる喫茶店を開業した永慶の実績は、日本の喫茶店史において大きな功績だったと言えるでしょう。ここで初めてコーヒーを口にした若者も少なくなかったはずです。

レトロブームで再び脚光を浴びる喫茶店

おしゃれで便利なカフェと、レトロな癒しの喫茶店?

こうして、鄭永慶という一人の若者が掲げた理想によって日本にもたらされた喫茶店という文化は、この後のカフェブームへと引き継がれていきます。

普段私たちが「どこかでお茶しない?」という場合、大抵が「カフェ」であることが多いですよね。
カフェラテやカプチーノなどのアレンジコーヒー、ランチプレートやデザートがセットになっているところもあります。先日このブログでもご紹介した、コーヒー豆の旨味を引き出すことにとことんこだわった「サードウェーブコーヒー」を提供するスタンドなどもカフェとして捉えて良さそうです。
開放的でおしゃれなインテリアや、近年ですとPC用の電源やWi-Fi環境が整っているカフェも人気です。

一方で喫茶店はというと、最近の10代〜20代の若者の間で巻き起こっている「レトロブーム」と呼ばれる風潮の中で再び脚光を浴びています。喫茶店を特集した雑誌も頻繁に発売されています。
昭和〜平成初期の文化を知らない彼らは、富士フイルムの「写ルンです」をはじめとする、いわゆる古いものに「レトロ」を感じ愛着を持っているようです。生まれたときからインターネットがあった便利すぎる世の中で、ふと感じる「不便さ」に心の安らぎや癒しを感じるのだとか。そうしたレトロブームのなかでフィルムカメラ、銭湯、ファミコン、カセットテープなどと並んで脚光を浴びているのが、喫茶店です。

カフェと喫茶店の違いとは?

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おしゃれで今っぽいとカフェで、レトロで古臭いと喫茶店なの?と思われるかもしれませんが、カフェと喫茶店は食品衛生法によって定められた営業許可の違いによって区別がされています。

カフェを開業するには「飲食店営業許可」を取得する必要があり、アルコールや調理した料理を提供することができます。
一方、喫茶店を開業するには「喫茶店営業許可」を取得する必要があり、こちらはアルコールの提供や単純な加熱以外のの調理はできません。

メニューにお酒やフードメニューを並べられるのが「カフェ」。コーヒーや紅茶を中心としたソフトドリンクと既製のお茶菓子などを提供するのが「喫茶店」という明確な区別があるのです。お店のインテリアや営業年数などは無関係なのです。

法律を守っていれば、お店の名前は自由

でも行きつけの喫茶店のメニューには、サンドイッチやカレーがあるよ!というケースも多いかと思いますが、これはお店の名乗り方によるものです。「飲食店営業許可」を取得しているお店だからといって必ずしも「○○カフェ」と名乗る必要はなく「喫茶○○」という店名にしても問題ないのです。逆に「喫茶店営業許可」を取得している喫茶店形態のお店でも、法律をきちんと守ってアルコールや料理を提供しなければ「カフェ」を名乗っても良いのです。これはオーナーのお店作りのイメージ次第といったところでしょうか。

薄暗い照明に心地良いジャズやクラシックのBGM、レトロなソファ、カウンターには一杯ずつ丁寧にコーヒーを淹れてくれる渋いマスター……というザ・喫茶店といったお店でも、サンドイッチなどの軽食メニューがある場合には、お店の形態としては飲食店です。現在は「喫茶店」を名乗っていても営業形態は飲食店というお店がほとんどなので、完全に喫茶店営業をするお店を「純喫茶」と呼んで区別する場合もあります。

喫茶店でゆったり過ごす休日を

さて。本日は「喫茶店の日」ということで、日本の喫茶店文化についてご紹介してみましたが、いかがでしたでしょうか。
そもそも「喫茶」という言葉が日本で使われるようになったのは、鎌倉時代の頃。当時は中国から伝わったお茶を飲み嗜む習慣や作法を指す言葉でした。それが時代の移り変わりとともに意味が拡大していき、お茶に限らずコーヒーやジュースなども含めて「お茶する」といった概念を生み出していきました。そのため、今では「喫茶店」という言葉をあえて使う場合には、ヨーロッパのカフェやアメリカのコーヒーショップ、中国の茶館などとは違う、大正・昭和時代の日本風のカフェスタイルを指すことが多いのです。

そういった背景があるためか、喫茶店には流行りのカフェとはまた違った風情があり、ゆったりと一人の時間を過ごすのにはぴったりです。
お住いの地域やお出掛け先に、喫茶店がないか探してみてはいかがでしょう。たまにはスマートフォンやノートPCから離れて、静かに音楽に耳を傾けながら美味しいコーヒーを味わい読書をする休日なんかがあっても良いものですよね。

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